路地裏シネマ

映画の感想、評価

映画「ベティ・サイズモア」感想 巧妙なストーリーライン 70点

ベティ・サイズモア [DVD]

ベティ・サイズモア [DVD]

あらすじ

昼ドラ「愛のすべて」に熱中するウェイトレスのベティが主人公。彼女の夫はドラッグを売りさばいたり、浮気をしたりする最低な男だった。そんな夫は、殺し屋親子に惨殺されてしまう。それを偶然見ていたベティは、あまりのショックで気がおかしくなってしまう。
「愛のすべて」の主人公デヴィッドと昔婚約していたことを思い出し、ハリウッドへ。
虚構の主人公に恋したベティの行方はどうなるのか?

感想

巧妙なストーリーライン

夫が殺されたショックで虚構に入りこんでしまったベティ。
ショックのせいで記憶障害が起こるのは実際にもある話だし、防衛反応なのだろうと思うことはできる。

とはいえ、観客にすっとその設定を入り込ませるのは難しい。コメディであれば簡単だが、「ベティ・サイズモア」は、少なくとも普通のコメディとは一線を引いている。

ありえない話の連続なのに「ない」とは言い切れない不思議なリアリティがあるのだ。

ベティが虚構に入るまでの手順が極めて丁寧に描かれているのも、その要因の一つだろう。

ウェイトレスのベティは「愛のすべて」に熱中するあまり、客の声が耳に入らない。テレビ画面に注視しながらコーヒーを完璧に注げることからも、日常茶飯事であることが伺える。
ベティが虚構に入る前から、半ば虚構にのめりこんでいるのだ。

夫デルが殺される直前も、録画した「愛のすべて」を視聴している。
序盤部分はどれだけベティが「愛のすべて」に熱中しているかの説明になっており、そのため夫の殺されるシーンを見て、虚構の世界に入りこんでも違和感がないのだ。

夫の殺され方がかなりショッキングなことも、設定のリアリティを保っているだろう。
余計なラブロマンスを排除したのも素晴らしいと思う。
ベティは夫を愛していたか?というのは一切語られないが、答えはノーだろう。
ベティがショックを受けたのは「愛する夫が死んだため」ではなく「凄惨な光景を見た」からだ。

もしベティが夫をすごく愛していたら、夫の死を悲しむベティのシーンを挿入しないといけなくなり、ストーリーラインを退屈にしていただろう。

夫が最低な人間だと描くことで、ベティが夫の死を深く悲しまないのが不自然ではなくなっている。

「ベティ・サイズモア」は巧妙なストーリーラインで、冗長なシーンを一切排除しているから素晴らしい。シーンごとに必要最低限の情報と伏線しか置いていない。

虚構からの脱出

ベティは自分が「愛のすべて」のドラマの現場に行き、そこで撮影が始まることでひどい混乱を起こす。さらに、主演のデヴィッドに攻められることで現実に引き戻るのだ。

ドラマの現場は「虚構が虚構である」ことを示す何よりの証拠になる。ベディが現実に戻るのは自然であり、違和感がない。

虚構への入口とともに出口もまたひどく自然に作られている。

語られないサイドストーリー

繰り返すけど「ベティ・サイズモア」のストーリーラインはかなり綺麗だ。虚構の入口と出口の整備に気を取られたためか、ところどころ展開に無理があるものの、小気味良いテンポでそこまで気にならない。

ロサンゼルスに行ったベティの同居人ローサ。彼女は「自分の胸より飼っている鯉に注目している男と付き合いたい」と嘆く。
その相手が、終盤さりげなく現れる。激しい銃撃戦のさなかで恋の胞子のようなものが生まれるわけだが、それ以後の展開はいっさい描かれることはないし、その予兆も感じさせない。

最初に出てくる夫の浮気相手もそうだ。何か深い関係がありそうだが、夫の死後一切登場しない。

最も気になるのは、父と子の殺し屋親子だろう。この作品の裏主役でもある彼らは、どうして親子で殺し屋をやっているのか。

語られないサイドストーリーはスタッフロールとともに闇に吸い込まれていく。
しかし本筋と絡まないゆえにまったくもって不満はない。むしろ本筋だけを追っていくスタイルが気持ちいい。

冗長で無駄なシーンなどいらないのだという監督の強い意志を感じる。

まとめ

殺し屋親子についても書きたかったのだが、またの機会にする。
映画の撮り方としてはすごく好きだと思った。冗長なシーンのカット具合は素晴らしい。
おかげで飽きずに視聴することができた。
とはいえ純粋なおもしろさでいえば60点くらいではないかと思ってしまう。
この作品は評価が難しかった。ただ、おすすめの一本であることは間違いない。