路地裏シネマ

映画の感想、評価

映画「月に囚われた男」感想 80点

月に囚われた男 (字幕版)

月に囚われた男 (字幕版)

ネタバレなし

見所「暗いSF」

ほとんどが基地内で展開されるため、派手さはまったくない。
しかし、サム・ベル演じるサム・ロックウェルの演技が素晴らしく、脚本も「何を見せたいのか?」がはっきりしていて面白い。

月で唯一人働く男の、どうしようもない閉塞感と、孤独感の表現。そして真実が明らかになったあとの絶望。
サムの感情ラインの動きがとてもきれいだと思う。宇宙飛行士で、月にいて、なのに共感してしまう。
扱っているテーマがわかりやすいため、SFが苦手な人でも楽しめる作品だろう。

演出も良い。序盤のホラーじみた幻覚や夢の表現など、無い方がいいものもあるものの、絶望が深まっていくように少しずつ真実を明らかにする、その演出の仕方は好きだ。
あと、個人的にベストシーンだと思うのは、中盤に姿をあらわす地球だ。ただの地球なのだが、ここまで映画を観たものにとって、こんなに残酷で美しい地球はそうないだろう。

演出、カメラワークともにおしつけがましくなく、音楽もさりげなくだが、しっかり仕事をしている。感情に最適なBGMを流したかと思えば、わざと逆なでするようなBGMを出して視聴者の気を引く。
この映画は、斬新なものではないが、だからこそ素晴らしい。良い映画を作ろうとして良い映画ができたという感じだ。本来映画ってこういうものじゃないだろうかと思ってしまった。

あらすじ

宇宙飛行士サムは、孤独と戦いながら月での採掘作業をしていた。地球に置いてきた愛すべき妻と娘。3年の契約は終わりに近づき、サムは再会するのを心待ちにしていた。
しかし月面探査機を操縦している途中、サムは事故を起こしてしまう。誰もいないはずの月でサムは救出され、基地で目を覚ます。
そこには自分と瓜二つの人間がいて……。

感想(ネタバレあり)

このクローンはアイデンティティを求めていない

サムは自分がクローンだということを知ったとき絶望する。しかし、サムにとって重要なのは「地球に帰れない」ということだ。愛する妻と子に会えない。このまま月にいるしかない。
この映画の素晴らしいところは、アイデンティティの問題を排除し、帰属場所が奪われた悲しみ、に的を絞ったところだろう。
前者は語りつくされているが後者はそうでもない。かつ「帰る場所を失った悲しみ」は「自分とは何物だ?」という感覚よりも百倍わかりやすく共感しやすい。

ガーティがなぜサムの協力をしたのか

この映画に欠かすことができないのはサムの相棒でもあるロボット「ガーティ」だろう。
なぜガーティはロボットでありながら、サムに協力したのだろうか。

①命令にはなかった

恐らくクローン同士が会うことは想定していなかったのだろう。よって、クローン同士が会ったあとどうすべきかは命令になかった。ガーティの戸惑いは、サムとサムが出会ったあとの質問をスルーしまくるところからも伺える。クローン同士を会わせないということに気を使いすぎたのだ。

②サムに感情移入した

何度もクローンのサムと触れることで、サムに対する哀れみの感情が芽生えてもおかしくない。見張り役が囚人に同情して逃がす、というのは物語的にはよくあるもので、突飛なものではない。ただそれがロボットだから珍しいのだろう。

③作品のムードが変わってしまう。

もしガーティが敵であり、サムの邪魔をしたらどうなるか。この映画で焦点を当てたいのは「サムの感情」だろう。
ガーティと対立すれば、不要なサスペンス要素が加わってしまい、映画自体がぶれてしまう。
ガーティがやさしいからこそ、サムの絶望が際立つのだ。

ラストについて

この映画はナレーションで始まり、ナレーション(というよりニュースキャスターの声)で終わる。
絶望で終わらず希望へとつながっていく、というので良いとは思う。
ただいささか突飛なナレーションだと思ってしまうのは、そのラストのナレーションには復讐の色が帯びているせいだ。
しかし、このサムは、地球へ帰ったサムの方なのだ。地球へ帰ったサムにとってはこれこそが目的でもある。
月に残ったサムの根底は、「妻と子のいる地球に帰る」というものだった。しかし地球へ帰ったサムはそのようには描かれていない。テスが死んだと聞いてもそこまで悲しんでいないし、月へ残ったサムの方を地球へ帰そうとしている。
どちらかというと「こんなことしやがって会社を許さねえ」という方の短気なサムである。

月のサムは絶望のなか希望をたくすように諦めて死んだ。地球に帰ったサムは会社に鬱憤を晴らした。あのナレーションがないと、地球に帰ったサムの方はどうなったかわからない。だから挿入されたのだと思う。