映画『クワイエット・プレイス』感想 30点

「音を立てたら、即死」というのは過剰表現で、実際はわりと音を立ててもOKなホラー映画『クワイエット・プレイス』を見てきた。
ホラー映画をあんまり見ない人には怖いのだろうけど、ホラー慣れしている自分には一ミリも怖いと思うシーンがなかった。「いきなりBGM流したれ」という安直な怖がらせ方は多々あったが。
というかこれはホラー映画なのだろうか。SF映画といった方がいいんじゃないんだろうか。
ここからはネタバレを含むので注意。賛の人も多数いるみたいなので、観ていない人は映画館に行ってからにした方がいいと思う。

怖くない理由

音のルールが曖昧すぎて怖くない

ある程度の音を立てたらエイリアンが襲ってくるのだけど、基準が曖昧すぎる。そして音を出すのが唐突すぎる。「音が出るかもしれない」という場面があって、はじめて緊張感が生まれるものだ。たとえば、コップが落ちそうになっているシーンを映すとか。
この映画は、だいたいの場面においていきなり登場人物が音を出してしまう。そして、エイリアンがやってくるのだけど、なんとエイリアンは盲目なのである。登場人物が「はあはあ」言いながら物陰に隠れていても見逃してしまう。子どもが茂みをガサガサ音を立てながら走っていても見逃してしまう。
耳が良いのだか悪いのだかわからない。「こんくらいの音は良いだろ」という製作者の適当っぷりが伺える。せめて人間の声に反応するという方がわかりやすくないだろうか。
音を立てまくっている川にはエイリアンはやってこない。一回やってきて攻撃して「あ、川だ」とでも認識したのだろうか。その光景を想像すると滑稽で笑える。

エイリアンがやってくるのが遅すぎる。

音の問題はさておいて、エイリアンののろまっぷりには困った。どこが「即死」なのだろうか。(まあ、キャッチコピーを考えたやつが悪いのだが)しかも他に音を立てれば、そっちに行ってしまうという単細胞だ。
危なくなったときに大きな音が出る仕掛けを作っておけば、99%回避できるだろう。音がしたら有無を言わさず、エイリアンがそいつの首をはねてほしい。そしたらこの映画は「怖い」と思う。
エイリアンがやってきても、ほとんど助かってしまう映画。しかも「家族愛」をテーマにしているせいで、生死を予測できてしまうので退屈でしかなかった。

恐怖演出がズレている

この映画は音の怖さではなく、エイリアンが近くにやってきてからが本番らしい。エイリアンをどうやり過ごすかという点で描かれた恐怖の方が多い。
でも、それだったらたくさんのB級ホラー映画が描いている。むしろ、耳がちょっと良いだけで勘も鋭くないアホ生命体よりも、いかれた殺人鬼の方が何百倍も怖い。家に帰ったら隣人がリビングに勝手に入っている方が怖い。

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設定のツッコミどころの多さ

よく、勘違いしている人がいるけれど、ツッコミどころに対して「実は○○だった」という明確な答えがあってもあんまり意味がない。ツッコミどころが生じた時点で、観客はある程度冷めてしまうのだ。
この映画に関してはツッコミどころが多すぎる。想像の余地を与えているのではなくて、論理的じゃなさすぎる。

なんで子どもを産もうと思ったのか?

エイリアンが街を襲い、子どもを一人失ってから夫婦は子を宿す。ここで多くの観客は「なんでこの状況で子どもを作ろうとしたの?」と疑問に思うだろう。
推測ならいくらでもできる。「子どもをまともに育てられない環境で産むことは、エイリアンに対する反抗だ」とも、「どんな状況でも子どもを産む」とも言える。映画的には、冒頭で子どもを失ったのだから、それに近いものを得る必要があったのだろう。
だが、観ている側としては「登場人物があえて余計な危険を持ち込んだ」としか思えない。少なくとも、登場人物が最善を尽くしているにも関わらず追い込まれてしまうホラー映画の方が何倍も怖いと思うし、家族愛というテーマからもぶれているんじゃないだろうか。
実際、赤ん坊を産むことによって、二人の子どもを危険に晒している。出産がなければ、子どもたちが危険になることはなかった。これのどこが「家族愛」なのだろうか? 映画では奇跡的に助かったけど、一歩間違えたら普通に二人とも死んでいる。それなのに夫に対して「子どもを守って」というセリフは失笑するしかなかった。夫婦のエゴにしか見えない。赤ん坊は泣くことでコミュニケーションをとるのにどうやって生活していくつもりなのだろうか。まさか、あんな地下室で?
その他、花火の間に出産が終わるかとか、衛生的な問題とか、へその緒どうしたとか、ツッコミどころがありすぎてもはやどうでもいい。ただ、そんなに大切な赤ん坊だったら名前だけはつけてあげよう。

なんでエイリアンに対する復讐心がないんだろ?

他のレビューも見てきたけど、これに対する言及をしている人はいなかった。エイリアンに子どもを奪われたのなら、恐怖心の前に復讐心は出ないのだろうか?
父親はエイリアンを倒す方法を模索しているようだった。しかし、そこに怒りはどこにも見られない。夫婦にあるのは「自分たちがおんぶしとけばよかった」という反省だ。
彼らに怒りが一欠片もないことを疑問に思う。家族は1年が経過したとはいえ、エイリアンがやってきたこの状況に適応し過ぎている。まあ、だからここまで生き延びられたとも考えられるが。

ライフルでやられるエイリアン

補聴器(伏線としてご丁寧に何回も出現する)のせいで弱ったエイリアン。襲いかかったところを母親がライフルでズドンと撃ち殺す。「え、ライフルで死ぬやん」と思った人も多いのではないだろうか。
世界の軍事力的に倒せない相手ではないことへの疑問。ただこれも、補聴器でものすごーーーく弱らせたから効いたと好意的に見ることができる。というかもう面倒くさいから好意的に見ようではないか。

他にもツッコミどころや「?」みたいなシーンがいっぱいあった気がするけど、忘れてしまった。ただ、釘のシーンに関しては、2018年になってもあんなわかりやすく「あとで踏ませるぞ!」と主張してきたことが衝撃的すぎて覚えている。製作者は観客をどう思っているのだろうか?

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