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【映画感想】トイストーリー4は賛否両論? ラストの選択は正しかったのか?

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トイストーリー4が公開されたので、さっそく観てきました。

正直に言うと、「おもしろかった!」という気持ちと、「モヤモヤする」という気持ちが共存しています。

ネット上でも賛否両論の声が多いです。「最高傑作」という人もいれば、「トイストーリーとして認めたくない」というかなり否定的な人もいました。

個人的にも『トイストーリー4』は、いままでのトイストーリーシリーズとは良い意味でも悪い意味でも異なると思いました。

トイストーリー3までが、ウッディとアンディの物語だとするのならば、トイストーリー4はウッディの物語です。

鑑賞前に、トイストーリーシリーズを全作見ておいた方が良いです。

前作までのストーリーはこちらからどうぞ

この記事では賛否両論になった理由と、トイストーリー4の見所を紹介します。

トイストーリー4のあらすじ

“おもちゃにとって大切なことは子供のそばにいること”―― 新たな持ち主ボニーを見守るウッディ、バズら仲間たちの前に現れたのは、彼女の一番のお気に入りで手作りおもちゃのフォーキー。しかし、彼は自分をゴミだと思い込み逃げ出してしまう。ボニーのためにフォーキーを探す冒険に出たウッディは、一度も愛されたことのないおもちゃや、かつての仲間ボーとの運命的な出会いを果たす。そしてたどり着いたのは見たことのない新しい世界だった。最後にウッディが選んだ“驚くべき決断”とは…?

引用元:トイストーリー4作品情報(https://www.disney.co.jp/movie/toy4/about.html)

トイストーリー4は、前作の続きの物語です。

アンディからボニーへと持ち主が変わったウッディは、親友バズたちとおもちゃとしての生活を送っています。

しかし、ボニーが幼稚園へと上がるころから彼女はウッディに飽きてしまうのでした。

それでもウッディはボニーを守ろうと、幼稚園の体験入学へこっそり付いていきます。

そのときボニーがつくったおもちゃが、先割れスプーンで作ったフォーキーです。

しかし、フォーキーは自らが「ゴミ」だと主張し、すぐにゴミ箱へダイブしてしまうのでした。

挙げ句の果てに車から飛び降りてしまう始末。

ウッディは、フォーキーがボニーにとって大切なおもちゃであることを知っているため、彼を守ろうとします。

そんななか、アンティークショップで以前別れたボーのランプを見つけます。

トイストーリー4のレビュー(ネタバレなし) いままでのトイストーリーとは違う?

トイストーリー4において、ウッディは「自分は飽きられたおもちゃ」という現実に直面しています。

それでもウッディはボニーのために尽くそうとするのですが、もちろんそんなことはボニーは伝わりません。

そんなとき再会したのが2まで登場していた陶器人形のボーです。

彼女は新しい持ち主に渡されたのですが、色々あって流浪の身になっていました。

しかし、ボーは「子供部屋ではない広い世界を知りたい」という気持ちを持っており、持ち主のいない”迷子”という現状に満足しています。

 

ボーの目線は「自分がどうしたいか?」です。

しかし、ウッディは常に「子供にとってのおもちゃはどうすべきか?」という目線でいます。

そのため、映画の中で2人はしばしば軽い対立を起こします。

 

トイストーリー4では、ウッディが「子供にとってのおもちゃはどうすべきか?」という状態から、「自分がどうしたいか?」という状態になるまでが描かれています。

つまり、この映画はウッディの物語なのです。

 

しかし、映画ではこのテーマが非常に分かりづらいと思いました。

それは、いままでのトイストーリーが常に「子ども×おもちゃ」という関係線上にあったからです。

というわけで観客もどうしてもそれを期待して見てしまいます。

 

賛否両論の「否」が出てしまうのは、ウッディ個人の物語であることと「子供×おもちゃ」という関係から抜け出たことが大きいでしょう。

それゆえ、トイストーリー4が「いままでとは違う」という感想が出てくるのだと思います。

映画館では、ぜひウッディの心情に注目して見てください。

 

トイストーリー4ではなく、「ウッディ」というタイトルの映画と思って観るのがオススメです。

 

トイストーリー4の感想(ネタバレあり)

 

ウッディの選択について

ラストの選択について、個人的には否定の気持ちもあります。

ウッディは「どんなときでも仲間は見捨てない」カウボーイだからです。

個人的にはラストの選択までの、丁寧な流れが欲しかったです。

「たとえば、ウッディが広い世界に心をときめかす」ことや、「おもちゃたちを救うことに喜びを感じる」ような描写が欲しかった。

でも、それっぽいシーンはほとんどありませんでした。

それゆえ「ウッディがボニーから離れるのは、大切にされなくなり役目を終えたから」というネガティブな理由に見えてしまいました。

 

また、「自分のしたい道を選ぶウッディ」が、仲間たちから離れるという選択をするようには、とても思えなかったのです。

1から3まで、ウッディは色々ありながらも最終的には仲間たちや子供のために行動してきました。

そんなウッディが、仲間たちとボニーから離れるのには、相当の納得感が必要だと思います。

なぜなら、そうしないとこれまでの1から3までのウッディの選択が「我慢」という風に見えてしまうからです。

ウッディが「離れる」という選択をしたことは別に良い。

なら、それだけの理由を提示して欲しかった。

トイ・ストーリー4がそれだけのストーリーを作れていたかどうかで言えば、疑問です。

 

と、ボロクソに言ってしまったのですが、それでもラストの別れは涙をこらえきれませんでした。

「ウッディ×アンディ」ももちろん好きですが、私は「ウッディ×バズ」の方が好きです。

1では喧嘩をしあい、仲良くなり、親友になった。

それゆえ、ウッディとバズの別れは、とても感動的でした。

 

ボニーのもとへ帰ろうとするウッディの本当の気持ち(ボーのもとにいたい)を理解し、「彼女(ボニー)は大丈夫だ」というシーンは本当に名台詞だと思っています。

バズだからこそ言えた台詞であり、ウッディとバズの長い歴史が詰まっていました。

別れのシーンとしては完璧だったと思います。

完全な悪役はいない

トイストーリー3に出てきたロッソは完全な悪でした。

焼却炉に追いこまれているウッディたちを見捨てることで、最初から最後まで悪に徹しました。

今回の悪役はギャビー・ギャビーです。

 

ロッソとは違い、ギャビー・ギャビーはこれまで子供に愛されたことがありません。

子供に愛されたいと思っていたものの、ボイス・ボックスが壊れているせいで「子供に好かれない」と思っていました。

そのため、ウッディのボイス・ボックスを奪おうとしたのです。

 

ギャビー・ギャビーは終盤、ウッディからボイス・ボックスを譲り受けます。

そしてアンティークショップのオーナーの孫娘であるハーモニーに、期待を込めて姿をあらわすのです。

しかし「いらない」と捨てられてしまいました。

最終的には、迷子の子に拾われるのです。

 

ギャビー・ギャビーは、方法はどうあれ、ただ自分の夢を叶えたいだけでした。

いままでの悪役からすると、かなり人間味あふれるキャラクターです。

 

むしろ、今作の悪役は”子供”かもしれません。

ボニーもハーモニーも悪い子ではないのですが、おもちゃ側からすると理不尽に思えてしまいます。

 

トイストーリー4の考察(ネタバレあり)

ボニーは何故ウッディに飽きたのか?

映画の中では、ボニーがウッディに飽きているシーンが描かれています。

他のおもちゃたちが選ばれる中、ウッディだけ古いおもちゃと一緒に置き去りにされるのです。

ただこのシーンには納得感がありません。最初から最後までボニーがウッディに飽きた理由が説明されていないからです。

トイストーリーファンなら、他の短編集でもボニーがウッディを(アンディほどではないにせよ)大切にしていることは知っています。

それが急に「ウッディだけ飽きた」というのは、映画としては説明不足と言っていいでしょう。

もちろん現実においては、子供がおもちゃを急に飽きることはあります。

ただ、映画として説得力に欠けるどころか説得すらしていないのは気になります。

結果的にボニーの魅力も下げてしまっています。

 

無理やり理由を考えるのであれば、「ウッディが男の子向けのおもちゃ」であることが関係しているかもしれません。

アンディにおもちゃを貰う前のボニーの部屋は、いかにも女の子向けのおもちゃで溢れていました。

ウッディのバッジをジェジーに付け替えたことからも、その線は考えられます。

ウッディはどうしてラストであの選択をしたのか?

ウッディが「仲間たちから離れる」という選択をした理由の描き方が丁寧ではない、と書きました。

観た人の中には「どうして、ボーを選んだの?」と思った人もいるかもしれません。

 

一度、これまでのウッディの”選択”をおさらいしておきましょう。

 

トイストーリー1では、ウッディにとって大切なことは「アンディの1番であること」でした。

しかしバズの登場により1番では、なくなってしまいます。

ウッディはバズを排除しようとしますが、「1番であることよりもアンディのおもちゃであることが大事」だと気づくのです。

バズを排除するのではなく、同じおもちゃ仲間として協力することを選んだのですね。

 

トイストーリー2では、ウッディはアンディにキャンプに連れていかれなかったことで「おもちゃはいつか捨てられる」という幻想を抱いています。

しかし、ウッディは子供がおもちゃと遊んでいる姿を見て「アンディに捨てられることがあっても、自分はアンディのおもちゃでいる」という選択をするのです。

 

トイストーリー3では、アンディが大人になりおもちゃたちは遊ばれなくなりました。

ウッディは「アンディのおもちゃなんだから屋根裏部屋にいる」ことが正しいと思っています。

しかし、ボニーと知り合うことで「たとえ持ち主が変わっても、おもちゃは子供に遊ばれる方が良い」とウッディは思い直しました。

だから「アンディではなくボニーのおもちゃになる」という選択をしたのです。

 

では、トイストーリー4はどうでしょうか?

ウッディは「持ち主であるボニーのもとにいなくてはいけない」と思っています。

アンディのときそうしたように、ボニーを守らなくてはいけないと使命を持っているのです。

そのため、ウッディはボニーのお気に入りであるフォーキーを命がけで守ろうとします。

かつてウッディはアンディの1番のおもちゃでした。

フォーキーがおもちゃとしての自覚を持ったことにより、ウッディは「大切なおもちゃ」という役目からも、「大切なおもちゃを守る」という役目からも卒業します。

ウッディは「自分の存在価値がなくなった」という事実に直面するのです。

 

しかし、それはあくまでも「子供側から見た自分の価値」です。

ボーに出会うことで、「子供のおもちゃ」ではなく、「自分自身がどうしたいか?」という風に考えがシフトしていくのですね。

それが「ボーと一緒におもちゃを救っていく」というものだと思います。

 

「子供のためのおもちゃ」から、「おもちゃのためのおもちゃ」になりました。

まとめ

トイストーリー4は、これまでのシリーズとは違った作品になったと思います。」

簡単に言えば「ウッディ」の物語でした。

それゆえ賛否両論がありますが、私としては良いシーンもたくさんあったのでそこまで不満はないです。

ただもう少し丁寧にテーマを描けていたのなら、もっと評価されていたと思いますね。

 

シリーズ全体の好みとしては、

1>2>3>4

という印象です。

 

映画館に行くまで時間があるという人は1から3まで見直してみるのがオススメします。

 

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